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  • 執筆者の写真さびら 株式会社

弊社の安里が琉球新報にて教育コラム連載開始(2023年10月〜2024年3月)

更新日:2023年11月24日

この度、弊社の安里が琉球新報 教育面リレーコラム「未来へいっぽにほ」にてコラムを連載させていただくことになりました。

第一弾は、10月17日(火)の琉球新報教育面にて公開されています。今回は、私が平和学習に携わるきっかけを書きました。平和学習に無関心だった私が平和学習に携わるようになったのか?

ぜひ、チェックしてみてください。

琉球新報教育コラム連載開始のお知らせ

 

私の生まれ故郷は「悪魔の島」

琉球新報記事

2017年8月、ベトナム戦争証跡博物館を訪れた18歳の私は、戦争のリアルを鮮明に映し出した展示を前に立ち尽くしていた。


川の中を逃げる幼子を連れた母親、枯葉剤の影響を受けた胎児、見慣れた兵士の制服。

その光景は衝撃的だったが、同時に、子どもの頃に親戚のおばあちゃんや学校で聞いてきた「沖縄戦」が重なった。


最後の展示室で、目に飛び込んできたのは、「沖縄」という文字だった。私の生まれ故郷は「悪魔の島」と呼ばれていた。当時、沖縄の米軍基地から爆撃機がベトナムに飛んでいた事実を、私はこの展示室に入るまで知らなかった。


ベトナムにとって、沖縄は「悪魔の島」。沖縄がベトナム戦争の好景気に湧く中、海の向こうで戦争の犠牲になっている人々。いたたまれなくなった。同時に基地の隣には必ず、戦争があると強く実感した。


この体験が沖縄戦、基地問題に興味を持つようになったきっかけだ。沖縄に帰った私は、平和ガイドや講話・ファシリテーション活動を開始。2023年、24歳になった私は、株式会社さびらの仲間と沖縄戦などを学び、さまざまなカタチで伝えている。


78年前、私たちのおじい、おばあは戦争を生き残り、多くの沖縄戦の記憶を残してくれた。何よりも私たちの世代にまでその命を繋いできてくれた。戦争は人も命も壊し、多くの傷跡を残す。さらに戦争がもたらす影は、時も場所も超えて、私たちに届く。


悪魔の島で育った私の仕事は、沖縄戦を学び、伝えること。


沖縄の平和学習をテーマに、自分なりの視点で表現していくので

半年間のお付き合い、ゆたさるぐとぅうにげーさびら。


第二弾は11月14日(火)発刊予定です。次回もぜひご覧ください!

 

株式会社さびらでは、議員視察や修学旅行生など幅広い方々を対象に、沖縄戦や基地問題のフィールドワークやディスカッションプログラムを参加者の皆さんに合わせてカスタマイズできるカタチで提供しております。お気軽にお問合せください。



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